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『きれいなお姉さん』という表現が、テレビのCMで使われて以降、会話の中でも、とてもよく使われるようになりました。きれいなお姉さんはやはり憧れますね。 幼い頃、自分のお姉さんや、知り合いのお姉さんに憧れた経験はありませんか。「大人になったら、あの、きれいなお姉さんのようになりたい」と、思ったこともあったかもしれませんね。
「きれい」の定義は、微妙に流動的であるかもしれません。世界三大美人として有名な「小野小町」「楊貴妃」「クレオパトラ」があります。
また、日本では、江戸時代の美人画として描かれた女性像が、日本美人の象徴のようにして扱われていました。
しかし、現代に生きる私たちが、浮世絵に描かれたうりざね顔のおちょぼ口で、目が切れ長に小さい女性を美人顔の代表として絶賛できるかというと、すべてがその通りとは言い難いでしょう。
昭和になって、美人の定義も大幅に変化して、“八頭身美人”という言葉が生まれました。
これは、ミス日本に選ばれた女優の山本富士子さんの登場がきっかけです。頭が小さくて、スラリとした知的なイメージで、欧米人の間に立っても、引けを取らない堂々とした華やかさを兼ね備えながらも、古来・日本女性の楚々としたイメージを持ち合わせていたといえるでしょう。
そして、現代の美人の定義は、人々の趣味嗜好、ライフスタイル、さまざまな選択肢が広がり、実に多角的であると思います。ある人が、「きれい」と賞賛しても、別のある人からは、「きれいだとは思わない」という意見がでてくるほどです。
では、わたしたちは、いったいどこを目指して、「きれい」を磨けばよいのでしょうか。「きれいなお姉さんになりたければ、こころを大胆、かつ細やかに磨く」ことだと思います。どうですか?この言葉でがっかりした方もいらっしゃると思いますが、これは、一理あるのではないでしょうか。
大胆に、広く世の中を見つめ、溢れる情報の中から、繊細に探すことが大切です。現代のように、美しさの定義が流動的、多角的であるからこそ、本当の自分らしさを失わずに、自分の良さをだしていくこと、足りない部分を磨いていくことが大切です。きれいなお姉さんたちは、自分磨きをしています。
自分の価値観や、美意識、ライフスタイルに添うような美しさを極めていくことは、楽しみでもありますから、努力が辛くありません。そして、さらに、その輝きが増していくのではないでしょうか。
また、少しずつ、自分を褒めることにより、また美しさに磨きをかけていこうとすることでしょう。やがて、そこにはこぼれるような笑顔がついてきますから、かつて憧れていた、近所の「きれいなお姉さん」に、いつの間にか近づいていくはずです。